本研究の目的は、日本における第二次世界大戦の犠牲者が、特定地域の特定年齢階層の男性に偏ったことによって生じた人口構造のアンバランスが、その後の当該地域の産業発展や労働市場に与えた影響を考察することにある。このアンバランスに注目したのは本研究が初めてではないが、本研究では、WWIIの直接の当時者が物故する中、大戦が日本社会にもたらした影響について冷静に議論を積み重ねる必要が以前にも増しているという認識のもと、近年急速に発達した計量経済学的手法によって方法的難点を解消し、研究分野に先鞭をつけるという意味で萌芽的な研究として位置付ける。
日本における第二次世界大戦(WWII)の犠牲者が、特定地域の特定年齢階層の男性に偏ったことによって生じた人口構造のアンバランスが、その後の当該地域の産業発展や労働市場に与えた影響を考察した。WWIIを直接経験した世代が高齢化し物故する中、日本社会にもたらした影響について冷静に議論を積み重ねる必要が以前にも増している。厚生労働省や各都道府県援護担当の助力のもとに、新しい統計を作成するなど情報収集も進めた。その結果、WWIIにおいて若年男性を多く失った都道府県では、戦後の製造業化が遅れた可能性があることがわかった。ただし、この効果は数量的には小さく、また高度成長前半でほぼ消失したこともわかった。
統計上、第二次世界大戦の犠牲が特定地域の特定年齢階層の男性に集中していたことはわかっていたが、政府による「戦争被害受忍論」が主張されるなか注目されることは少なかった。本研究は戦争犠牲者の偏りが実際にはかなり大きく、少なくとも高度成長期の前半まで影響したが、それにもかかわらずその影響は高度成長期後半には消失したという統計的事実を示した。従来、戦後社会は終戦直後のさまざまな社会改革のうえに成立しており、高度成長もその制度改革の結果として解釈されてきたが、本研究の結果は市場経済の安定性ゆえに高度成長が達成されたという解釈を示唆し、戦後制度改革の効果について新たな知見を提出したといえる。