東京大学文学部:中国思想文化学特殊講義「術数学の展開と思想史上の意義」
東京大学大学院人文社会系研究科:「術数学の展開と思想史上の意義」
【授業の目標・概要】
本講義の主題は「権謀術数」の理論史ではない。中国の伝統的な学芸名称としての「術数学」を、強いて単純な現代日本語に置き換えるならば、それは「占いの理論」である。但し、このような言い替えに頼っている限り、中国の文化や社会において術数学が有した「重み」や「豊かさ」は、現代社会に生きる我々の目をどんどんすり抜けてしまうだろう。
「重み」ということについて例示するなら、漢唐の経学者にせよ宋明の朱子学者にせよ、彼らの経学理論や世界観は術数的思考と密接に結び付いていたし、『四庫全書』を編纂した清代の考証学者も朱子学の術数学観を受け継ぎながら、術数学の原理・下位分類や存在価値を改めて定義し、経学を頂点とする諸学芸の体系的連関の中に相応の地位を与えた。また「豊かさ」ということについて例示するなら、漢代から清代中期(『四庫全書』の成立)までの長きにわたり、術数学はほぼ一貫して、近現代的な意味における天文学・暦学・数学をも含み込んでいたし、「方技」と呼ばれる別の学芸領域(近現代的な意味における医学・薬学と、不老長生を目的とする諸術から成る)と一対のものとして認識される場合も、しばしば見られたのである。どうやら術数学は、「占い」という現代日本語のイメージでは割り切れない何物かであったようであり、また少なくとも儒教思想史や学芸体系の構想史(これも思想史の一分野である)に関する限り、それらを語るためには、術数学に関する適切な理解が不可欠だと言えるようである。
本講義ではまず、術数学の内容と歴史的展開、及び思想史上に認めるべき意義について総説的にお話しする。次に術数学の代表的分野の一つであり、都市・村落・住居や陵墓の立地条件に関わる「風水」を取り上げ、吉凶判定法の沿革、各時代における流行状況やその社会的影響、儒教知識人による肯定論と否定論の系譜、儒教知識人による風水書の執筆・注釈など、多方面からのケースワークを提供する。
【授業のキーワード】
術数学、占い、易学、風水、経学、朱子学、考証学、目録学、『漢書』芸文志、『隋書』経籍志、『四庫全書総目提要』
【授業計画】
以下に挙げるトピックを順次扱ってゆく予定だが、講義進行の状況に応じて追加・変更もあり得る。
1. 術数学とは何か
2. 中国思想史研究において術数学に注目するべき理由
3. 術数学の各分野とそれらの歴史的展開
4. 漢唐経学・朱子学・考証学と術数学:経学史の転回点が術数学史の転回点でもあったこと
5. 伝統的な学芸体系における術数学の地位:歴代の文献目録から見えてくるもの
6. 風水のたどった道:多面的なケースワークとして
【授業の方法】
講義形式による。