日本側に記録がなく、イエズス会日本報告にはあるものに、大坂城本丸の能舞台がある。天野文雄氏は以前、日本報告に基づくと思われる末代のイエズス会正史の明治時代の和訳を引き、この能舞台について論じている 。しかし、天野氏も指摘するように、この依拠資料は目撃者が記録した百年後、イエズス会の宣伝のための正史として編纂され、そのまた百年後、明治維新政府太政官がさらに和訳したものである。したがって、本稿では秀吉能楽愛好の代表とも言えるこの能舞台の様子を追究するとともに、イエズス会日本報告という未研究で厖大な資料群の性質を説明する。そのために、16世紀末の目撃者が記した原報告、それを編集・翻訳した17世紀の報告集、それを編纂・脚色した18世紀のイエズス会正史、そしてそれを改竄・和訳した太政官訳の各層を、遡るようにして紹介する。このようにして、転写・出版・翻訳の折節ごとにテキストが変わる様子を確認し、大坂城本丸の能舞台の様子を追究する。