本研究は、現在の中欧文化研究においてR・ムージルのカカーニエン概念を適用することの妥当性を、ムージルのユダヤ観、ユダヤ作家との共通性、彼の主要概念「特性のなさ」との関連を分析し、検証する。カカーニエンは中欧の多民族・多言語的状況を示す新たなトポスだが、この概念が形成された20世紀前半と現在とでは、中欧の状況はユダヤ文化の壊滅的減少という点で決定的に異なるためである。
具体的な研究項目は、①戦間期の反ユダヤ主義とムージル、②ムージルのエッセイスムスとユダヤ系作家の「小さな形式」、③ムージルの「特性のなさ」と同化ユダヤ人の「特性の放棄」、④戦後ウィーンの復興とユダヤ文化抹消との関連、の4点である。